大学近代建築 vol.3『京都大学本部本館』

京大本館 外観

セッションの美を湛えた京大のシンボルである。1925(大正14)年築。設計者は京都、大坂を中心に多くの建築、デザイン等を残した「世紀末の申し子」といわれる武田五一だ。

1897年大学大学院を卒業後、ヨーロッパへ留学し、世紀末芸術を体感してセセッション―アール・ヌーヴォーを日本に導入した、関西建築界の重鎮である。彼は驚くほど絵がうまかった。それに加え日本の伝統建築に関心と知識があった。
彼は茶室研究の先駆者であり、古建築修理の任務を引き受けていた。武田の留学は、当初から京都高等工芸創設、教授就任を前提としていたようだ。武田はイギリス留学中「国民図案懸賞競技」というコンペに応募して「皇后賞」を得たと言われる。

田の作風は、単なる和洋折衷ではなく、誰も見たことのないような独特なものであった。米国の他方的流行にすぎなかったスパニッシュ様式を日本中に広めたのも彼である。
1920(大正9)年、京大に建築学科が設置され、同学科教授に就任する。そして、この様式による装飾的要素を直線や幾何学等で省略してゆくセセッションのデザインで本館・時計台を建てた。時計台の正面玄関車寄せの
上にひっそりと掲げられている、裸体の男女の不思議なレリーフは、斎藤素巌が帝展に出品した石膏作品を元にブロンズで鋳上げてある。

京大本館 レリーフ01

は関西の建築に多大な影響を与え、多くの人材を育てたが余りの多彩な仕事のゆえ、代表作が少ないと思われているのが惜しい。

弟子の東畑謙三にまかせた、1930(昭和5)年築の、「東方文化学院京都研究所」と、最晩年の1937(昭和12)年築の、際立ってモダン・デザイン寄りの「京都電燈社」等が代表作といえるだろう。「藤井斉成会有部館」も彼の真骨頂だと言える。